Meiji University Weightlifting Club

コラム~その2~OB井出哲夫

                                                                                             S47年卒   静岡県  井出哲夫

 

 

      私が始めて重量挙競技を見たのは、中学3年のときで1964年の東京オリンピックの金メタルに輝いた

     フエザー級三宅義信さんの競技でした。

      あの小さいな体で体重の3倍近くを持ち上げるのを見てすごいな~ぁと驚嘆をするとともに、深い感動を覚えました。

      その後、進学した高校に重量挙部があり、友人とともに入部し重量挙とのかかわりの始まりでした。

     高3のとき福井インターハイではフエザー級で出場したもののジャーク115kgで失格してしまいました。

     数年前の引っ越しの際、このときのプログラムが出てきて生涯の友人の一人である田村文裕君も同じ階級に

     名を連ねていたことが懐かしく感じました。

      1968年縁あって明治大学ウエイトリフティング部にお世話になる事になりました。

     同期には高校チャンピオンの藤代末男(充彦)君を はじめ強者がいました。

     合宿所の生活は、1年先輩から厳しい生活指導もあり今までの生活とは打って変わってり、大きな戸惑いを感じました。

     先輩諸氏の高らかないびきや歯軋りも今ではいい思い出です。

      入学した年には、メキシコオリンピックがあり、郷土の先輩で今は亡きミドル級の三輪定宏先輩。

     ライト級の木村岳夫先輩が活躍され明大ウエイトの底力を感じたものでした。

      その年の12月10日には、合宿所から近い府中で3億円強奪事件があり当時のテレビ中継に釘付けだったことを思い出します。

      1969年には、学生運動花盛りの頃で神田カルチェラン闘争と呼ばれた神田駿河台での学生運動は、

     春から秋にかけ大学はロックアウトとなり授業は半年間なかったが、練習所の確保には苦労したものの

     部活動には専念できました。大学ウエイトの4年間は個性ある先輩や後輩に囲まれて苦しかったこともありましたが、

     楽しい思い出の詰まったものとなりました。

      しかし4年間で大学対抗戦優勝の美酒は味わうことができなかったことが残念に思っています。

      1976年には、同期の藤代君がモントリオールオリンピックに出場しライトヘービ級8位入賞を果たしましたが

     春先の藤沢市で行われたオリンピック予選会ではセコンドとして接戦の上優勝させ、

     オリンピック出場を確実にした時の喜びは今でも忘れません。

      私はウエイトを通じて4年間の合宿生活、明大で学んだ「スピリット」は

     私の人生の礎として今日まで脈々として生きています。

    2003年静岡国体では静岡県WL協会の理事長として平岡力(s55卆)君とともに明大ウエイトの現役やOBの協力をいただき

      国体を成功させることができたうえに、静岡県を初優勝に導くことができました。

      改めて、先輩諸氏、後輩の皆さんに感謝とお礼申し上げます。いま、定年を過ぎ63歳を目の前にし

     この原稿を書くにあたり、生涯の友といえる友人の多くがウエイト関係でありああウエイトをやっていてよかったなぁと

     思い今日この頃です。強い明大ウエイトリフティング部の復活と更なる栄光を祈っています。

私たちは明大WL部を応援しています!

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